WEP(米国)

棚ぼた排除規定(WEP)


日本での年金受給者が米国年金受給の手続きをすると、米国年金の一部、最大587ドル(2024年)が毎月減額されることがあります。これはWEP(Windfall Elimination Provision)というSSA(社会保障庁)の規定に依るものです。
吉報として、国民年金はWEPの適用対象外であることがSSAから2022年7月1日公表されました。これまでの「国民年金へのWEP誤適用解消の活動」が実りました。

1.減額の対象
SSTaxを給与から源泉徴収しない雇用主のもとで勤務した場合(日本で働いていた場合はこれに該当します)、当該勤務から受給する年金(日本の厚生年金、共済年金はこれに該当)の受給額の一部に相当する額が米国年金から生涯減額されてしまうことがあります。
*日本の公的年金制度は、全国民が加入する基礎年金(1階部分)と呼ばれる土台の上に厚生年金(2階部分)が上乗せされています。

2. 減額の対象と国籍
WEPに該当する場合は、米国人、日本人のみならず全ての年金受給者が米国年金の減額の適用対象となります。


3.適用の例外
その主たるものは(1)国民年金Japan’s National Pension(1階部分 基礎年金/Basic Pension)(2)遺族年金受給者(3)SSTaxを会保障上の高額所得(substantial earnings)レベルで30年以上支払った方は対象となりません。SSTaxは給与所得に応じて課せられる税金ですが、その給与所得には一定限度のキャップが定められておりその額が社会保障上の高額所得です。2022年のSubstantial Earningsは27,300㌦です。 (4) 日米社会保障協定を活用した米国年金受給者(年金加入期間が40クレジット未満)。

4.減額のプロセス
米国年金の受給申請手続きにSSオフィスへ行きますと、窓口で「貴方は日本の年金を受給していますか」と質問され「はい」と答えると「年金額を証明するものを持ってくるよう」要請されます。
米国在住の受給者は日本年金機構から2か月おきに送られてくる「国民年金・厚生年金送金通知書」を証拠として提出します。通知書には基礎年金(Basic Pension)と厚生年金(Employee’s Pension)の2か月分の年金額が表示されています。①WEP適用対象は厚生年金欄の金額だけであり、基礎年金はWEP適用外であること②記載年金支給額は2か月分であることーをSSA窓口担当者に明確に伝えてください。日本在住の受給者は、「国民年金・厚生年金保険金額改定通知書」をご利用ください。

5.減額金額の算出(2021年のケースで計算。最大減額金額498ドル)
減額の計算式は、棚ぼた排除規定(WEP)に明記されています。米国年金の基本年金額は、Social Security Actの第215条に定められている通りインフレ調整後の平均月収に還元率を掛け算出します。

平均月収が3分割され、3つの還元率を使って掛け算されます。例えば平均収入月収が7,000ドルの方は、最初の996ドルは0.9倍され、次の997ドルから6,002ドルの5,005ドルは0.32倍、そして残りの6,003ドル から7,000ドルの997ドルは0.15倍された結果、基本年金額(primary insurance amount)は2,648ドルとなります。
これがWEP適用者の場合、最初の996ドルが0.4倍まで引き下げられます。つまり996ドル×(90%-40%)=498ドル減額となってしまいます。


一方、Social Security Act 第215条(a)(7)「保証方式」で減額はWEPの適用となる年金月額(厚生年金月額)の半額以上とならないよう保証しています。
つまり減額の金額は①上記の計算式から算出される減額金額。減額の最高額は月額498ドル(2021年) ②日本の年金の半分を上回る減額はありません。つまり①か②のどちらか低い額が減額となります。また、社会保障上の高額所得(substantial earnings)で20年以上加入された方は、30年に向けて限りなく減額0に向けて減額金額は低減してゆきます。

例示として、厚生年金月額500ドル、米国年金月額996ドルの場合。
例-1 米国年金加入期間25年(内Substantial Earningsの期間20年未満)
→①996ドル×(90%-40%)=498ドル ②厚生年金の半分は250ドル 
①と②の比較で②が低い額のため減額は250ドル
例-2 米国年金加入期間25年(内Substantial Earningsの期間25年)
→③0.9倍の部分が規定で0.65倍となります。996ドル×(90%-65%)=249ドルの減額 ③と②の比較で③が低い額のため減額は249ドルとなります。
例-3 米国年金加入期間32年(内Substantial Earningsの期間30年)
→④0.9倍の部分が規定で0.9倍となります。996ドル×(90%-90%)=0ドルの減額。④と②の比較で④が低いため減額は無しとなります。
例-1の250ドルの生涯受取損失額は 男性$57,000. 女性$72,000.
計算の前提:66歳(FRA)で受給開始 日本人の66歳の平均寿命 男子85歳、女子90歳 

SSAのウエブサイトの”WEP Calculator”にアクセスすれば減額金額をチェックできます。https://www.ssa.gov/benefits/retirement/planner/anyPiaWepjs04.html


6.WEPの適用根拠
WEPの適用根拠をSSA(SS Administration)ではWEPの説明リーフレットで次のように説明しています。“社会保障給付金(SS benefits)は、労働者の退職前収入のある割合を代替(補完)することを意図しています。社会保障給付金の額は、低賃金の労働者のほうが高賃金の労働者よりも高い割合を得るように計算されており、例えば、低賃金の労働者は退職前の収入の約55%に等しい社会保障給付金を得ることができます。高賃金の労働者の平均代替率は約25%です。1983年までは、社会保障でカバーされていない仕事を主にしていた労働者は、長期の低賃金労働者であったものとして社会保障給付金が計算されました。彼らは、自分の収入に対して高い割合の社会保障給付金を受け取るのに加えて、社会保障税を支払わなかった仕事からの年金も受け取るという利点を享受していたのです。連邦議会はこの利点を排除するために、「棚ぼた排除規定」を成立させました。


7.2022年7月SSAの新ルールの詳細説明


(1) 厚生年金受給者が受給する1階部分の国民年金もWEP適用外 
日本の年金制度はすべての加入者に共通する国民年金(Basic Pension基礎年金、老齢基礎年金とも呼ばれる)の1階部分と厚生年金(Employee’s Pension Insurance 老齢厚生年金とも呼ばれる)の2階部分で構成されています。厚生年金受給者は、1階部分の国民年金と2階部分の厚生年金を受給します。今回この1階部分の国民年金もWEP適用外であることが確認されました。
この決定によりWEP適用対象が、従来の1階部分の国民年金と2階部分の厚生年金の合計額から、2階部分の厚生年金のみに変更となります。従いまして、WEP適用となっている米国年金加入期間10年以上(40クレジット以上)の厚生年金受給者の中には、受給額の減額幅が縮小される方が少なからず出てくると予想されます。SSAは、WEP適用開始時まで遡り受給金額を是正すると発表しています。


(2) 現受給者の過去減額分の是正方法
国民年金へのWEP誤適用、または、厚生年金受給者でWEP適用を受け米国年金の減額を受けてきた方にとり大切な情報です。今後、SSAは利用可能な受給者の給付記録等を活用して、今回の見直しにより影響が出る受給者を特定した上で、ケースバイケースで順次レビューを行います。その結果、是正の必要が認められる場合には、個別に受給者に連絡して必要な情報を求める予定です。レビューの結果、是正を要すると判断された方には、WEPが適用された時点に遡って是正されます。この作業は膨大かつ複雑ですので数年にわたる作業となると思われます。


(3) 新規受給者について
米国年金に新規受給者で国民年金を受給している方については、WEPの適用を除外するよう、既にSSA本部から各ローカル事業所に対して指示書が発出されています。


(4) WEPに関するSSA内事務取扱ガイドライン(POMS)の見直し
日本の国民年金をWEPの適用除外と判断したことを踏まえて、POMSが以下の通り改定されました。
① GN 01701.320 Types of Pensions in Totalization Agreement Countries Not Subject to the Windfall Elimination Provision (WEP)には以下のように記載されています。
Chart Of Pensions From Totalization Agreement Countries Not Subject To WEP
The following chart shows the types of pensions paid by Totalization agreement countries that are not subject to WEP because they are based entirely on non-work-related factors (for example, residence-or citizenship-based pensions). If a pension paid by a Totalization agreement country is not listed below, determine whether WEP applies. For more information on foreign pensions see GN 00307.290.
COUNTRY TYPE OF BENEFIT
Australia Social Security
Canada Old-Age Security (OAS)
Denmark Folkepension (FP)
Finland National Pension Scheme (NPS)
Japan Japan's National Pension
Netherlands National Insurance Scheme (AOW)
Norway Basic Pension Program
Sweden Basic Pension Program

② GN 00307.290には以下のように記載されています。
3. Payments that cannot be used to apply the WEP Guarantee Provision
e. Pensions based only on residence or citizenship in a particular country; that is, the pension is not based on work.
EXAMPLES:
Japan's National Pension is based only on residency and not subject to WEP. Contributions to this pension fund are not based on earnings.

4.Countries that have “multi-tiered” Social Security systems
g. Japan: Payments made under Japan’s National Pension (JNP) are based on residency and not subject to WEP. The Employee’s Pension Insurance (EPI) is based on earnings and subject to WEP. Japan also has a pension for dependent spouses of employees covered under the EPI. This pension is not subject to WEP.
第3号被保険者(厚生年金加入者の配偶者。例えば会社員の妻の国民年金加入者)が受給する国民年金もWEP対象外であると明記されています。

③ POMS GN 01745.020のA. Introduction の 1. National Pension(NP)にNP or “basic” benefits と明記されている為、Basic Pension=Japanese’s National Pension であることが証明できます。

8.WEPによる減額金額に不服の場合のアピール(不服申立て)方法

減額の確認方法: SSAから米国年金新規受給申請時に日本の年金の受給確認を
受けた方は、受給申請前の受給予定額とSSAの年金額確定通
知の受給額を比較して減額金額が正しいかどうかご確認くだ
さい。

アピールの期限:年金額確定通知の日付から65日(60日+郵送日5日)以内にForm SSA-561-U2でアピールを完了する必要があります。このタイミングを逃すと、減額が生涯継続します。

アピールはご自身でも必要資料を事前に用意すれば、my Social Securityを通して15~20分程度の時間で最初の手続きができます。具体的なアピールの方法は以下の通りです。また直接SSAのウエブサイトhttps://best.ssa.gov/benefits/disability/appeal.htmlのアピールの説明をご参照ください。

アピール方法
• SSAのウエブサイトhttps://secure.ssa.gov/iApplNMD/startからオンラインでアピールを行うことができます。オンラインでの手続きにかかる時間は10~15分です。事前に必要書類(下の”アピールに必要な書類“を参照)を準備しておくこと。
• Form SSA-561-U2に必要な事項を記入し地元のフィールドオフィスへ郵送する方法もあります。Form SSA-561-U2は、https://www.ssa.gov/forms/ssa-561-u2.pdfからダウンロードしてください。郵送先は確定通知書に記載されています。
• プリンターをお持ちでない場合はSSAへの電話 (1-800-772-1213)、フィールドオフィスでのインタビューという方法もあります。電話の場合、SSAからForm SSA561-U2が送られてきますので他の必要書類と合わせて返信する必要があります。
• 米国外に居住の方は、居住国のSSA出先機関Federal Benefits Unitもしくは、米国大使館、領事館にコンタクトしてください。https://www.ssa.gov/foreign/foreign.html


日本のコンタクト先:Federal Benefits Unit, United States Embassy
(アメリカ合衆国大使館領事部連邦年金課)
1-10-5 Akasaka, Minato-ku, Tokyo 107-8420, Japan
Phone: +81-(0)3-3224-5000 Fax: +81-(0)3-
3224-5144
Email: FBU.Tokyo@ssa.gov

アピールに必要な書類
アピールに必要な書類はForm SSA-561-U2の他

①国民年金・厚生年金保険の年金決定通知書・支給額変更通知https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/tuutisyo/gakuhen.html

②国民年金・厚生年金保険年金額改定通https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2021/20210603.html

③国民年金・厚生年金送金通知書等証拠書類です。オンラインのアピールでは書類をdropdownするか、郵送も選択できます。

9.WEPの国民年金への誤適用是正活動の歴史

私がWEP問題を知ったのは、外務省が始めた「領事シニアボランティア制度」の第1期生として2003年から2006年NY総領事館で勤務していた時でした。2008年外務省に対して「日本の年金のWEP適用除外」の要請をしましたが、「他国の制度に関する問題である」の回答で終わり、以降はもっぱらWEP制度の広報活動に努めました。

2016年国民年金に対するWEPの適用で米国年金が減額された方から相談を受けたことが、「国民年金へのWEP誤適用問題」に本格的に取り組むこととなりました。

2018年1月外務省北米2課を訪問し、国民年金のWEP誤適用の是正を要請。在NY日本国総領事館あてに取り組みの促進を促す投稿をHPや米国各地のフリーペーパーで呼び掛けた結果、この是正問題はワシントンDCの在米日本大使館で担当する旨の訓令が2018年8月に外務省から発令されました。

以降、大使宛早期解決を求める投稿キャンペーンを実施。米国在住者の方々や、全米の日本商工会議所・日系人会・日本人会にも投稿を依頼し、ご支援を頂きました。また、日本から在米日本大使館を訪問するなどの活動を行いましたが進展は見られませんでした。
そうした中で,2020年夏以降、在米日本大使館の担当の方との定期的ミーテイングやSSAとのレターのやり取り等による問題解決への更なる取組を進めてきました。また,皆様のご協力を得て、誤適用早期解決の嘆願書をSSA及び大使館宛に提出。

そして,今年(2022年)に入り、米連邦議会の米日コーカスからSSA長官宛,検討の加速化を要請するレターが発出されるなど,本件への理解,協力が着実に拡がっていった結果,今回の成果に結びついたものと考えます。

SSA(米国社会保障庁)から2022年7月1日付けで、日本の国民年金はWEP(Windfall Elimination Provision棚ぼた条項)の適用対象外であるという通知が、Strategic and Digital Communications 室のJeffrey Buckner長官補名で関係先にメール送信されました
今回の発表は、日米から年金を既に受給している方、将来受給する方にとり、老後の貴重な財産の確保や、老後の生活設計が可能となる大きなインパクトをもたらすものであり、官民が協力して取り組んだ大きな成果と言えます。

10.待ちに待ったWEP誤適用是正の還付金支払い(2023.09.25)

WEPの誤適用を受けていた方から、SSAから“IMPORTANT-PLEASE READ CAREFULLY”というタイトルで手紙が届いたと連絡を頂きました。

これは2022年7月国民年金に対するWEP誤適用の是正が公表されたことに伴うSSAの対応です。これまで老齢基礎年金(国民年金)に対してWEPが誤適用され、その結果、年金額が不当に減額を受けてこられた受給者の皆さんに対して過去に遡り誤適用分の年金額を算定する為の情報提供を求めるものです。

1.手紙の内容は以下の通りです。
「ソーシャルセキュリティー(SS)の年金額に影響のある最近の決定についてのお知らせです。SSAはJapan’s National Pension(JNP)に対してもはやWEPの対象としません。JNPは居住に基づくもので、勤労に基づくものではありません。SSAはたとえあなたがJNPを受給されていてもEmployee’s Pension Insurance(EPI)を受給していればWEPの適用を継続します。SSAはJNPの受給記録を見直します。もし、あなたがJNPを受給していたら、SSAは米国年金への影響を判断するため、これらの JNP の支払額を WEP の計算から除外します。同封のForm SSA-308 を記入し、可能なら最初の年金受給通知書(コピー可)と一緒に同封の封筒に入れて返送してください。
SSAは1987 年 12 月か減額された最初の月のいずれか遅い時点まで遡って
年金額を調整し、支払われるべき追加の給付を行います。」以上です。

2.JNPの定義を説明します。 日本の年金制度はすべての加入者に共通する国民年金(Basic Pension基礎年金、老齢基礎年金とも呼ばれる)の1階部分(JNPに該当)と厚生年金(Employee’s Pension Insurance 老齢厚生年金とも呼ばれる)の2階部分で構成されています。厚生年金受給者は、1階部分の国民年金と2階部分の厚生年金を受給します。この1階部分の国民年金もWEP適用外であることが確認されました。厚生年金受給者が受給する1階部分の国民年金もWEP適用外です。ですから今回還付金の受給対象者は国民年金の受給者だけでなく厚生年金の受給者もその対象です。

3.WEPの減額金額は毎年発表される最大減額月額(2023年$557.50)か日本の老齢厚生年金月額の半分かいずれか低い金額です。通常は、SSAのウエブサイトの“WEP Calculator”にアクセスすれば減額金額をチェックできます。https://www.ssa.gov/benefits/retirement/planner/wep.html

4.Form SSA-308 記入方法と注意事項
Form SSA-308の記入方法と注意事項については、在日米国大使館のHPで日本語で詳しく説明されていますので是非ご参考にされてください。
https://jp.usembassy.gov/ja/services-ja/social-security-ja/wep-ja/
なお日本在住の方は記入済みの書類と証明書等は日本大使館宛てではなく、米国に直接送付するよう呼び掛けていますのでご注意下さい。


5.根拠書類
 日本の年金の受給開始時の年金額の根拠書類は、米国在住者であれば年金送金毎に郵送される“国民年金・厚生年金送金通知書”のコピーです。WEPによる減額計算の根拠となる支給額は、同通知書記載の厚生年金(Employees’ Pension)の支給額(2か月分)の半分(1か月分)です。
日本在住者であれば毎年6月に送付される“国民年金・厚生年金保険 年金額改定通知書”のコピーです。WEPによる減額計算の根拠となる支給額は、同通知書記載の厚生年金支給年額の12分の1(1か月分)です。

6.SSA提出用年金支給月額(1か月分算出)の根拠書類
これまでSSAに送金通知書記載された支給額が1か月分と誤認識され、WEPによる減額が過大になるケースが発生していました。そこで在日米国大使館を通じて日本年金機構に送金通知書記載支給額は2か月分との記載をお願いておりました。9月に同大使館から日本年金機構HPに以下の注記を記載した旨、連絡を頂きました。
*In principle, pensions are paid for two months in even-numbered months (February, April, June, August, October, and December).
日本の年金支払い方法が年6回偶数月に2か月分纏めてされることを証明する為には上記注記を日本年金機構のHPからプリントアウトしてSSAに提出してください。
同HPのリンク並びに注記の記載場所は以下の通りです。
https://www.nenkin.go.jp/international/japanese-system/employeespension/employee.html
「Benefits」の欄の「Revision of the pension Amount」に上記注記があります。